リサーチの手法は数多く存在しますが、リソース不足を理由に、手軽で迅速に実施できるインタビューなどを優先してしまうこともあるかもしれません。
果たして、十分な情報を収集できているでしょうか。
本特集では、手間も時間もかかる「フィールドリサーチ」に着目し、その意味や重要性をMoonでの実例とともに解説します。
目次
ここでは、新しいサービスを生み出すためのリサーチに焦点を当てます。この場合、リサーチには主に2つの目的があります。
①視野を拡大を助ける情報の収集
②意思決定を促すための裏付け
理由を解説します。
①視野の拡大を助ける情報の収集
モノやサービスがすでに数多く存在する現代で、これまでにない新しいものを生み出したいときに、属人的な能力に頼ることなく発想力を高める手助けとなるのがリサーチです。
自らが持たない知識や経験を、様々な手法で蓄えることができるリサーチによって、視野を広げ、新たな着想を得ることを可能にします。
②意思決定を促すための裏付け
新規事業の開発プロセスは、正解のない意思決定の連続です。根拠となる情報を集め、仮説を客観的に検証する必要があります。
リサーチは意思決定をサポートする材料を収集し、どのような選択をすべきかを示唆します。これは新しいプロダクトが失敗するリスクを下げるだけでなく、アイデアにリソースを注ぎ込む自信の裏付けと、投資家やチームを説得するために必要となる信頼性を構築することができます。未知の領域に踏み込むときに、道を切り拓くための重要なステップです。
リサーチには、定量と定性、それぞれの調査目的にあわせた手法があります。では、定量リサーチと、定性リサーチには、どのような使い方の違いがあるでしょうか。
・定量リサーチ
定量リサーチは、”WHAT(なにを)” や ”HOW MUCH(どれくらい)” といった疑問に答えることを得意とします。数値や統計に基づいて情報を収集し、分析する手法です。
例には、アンケートやインターネットリサーチ、ウェブアナリティクスなどが含まれます。大量のデータを取り扱い、傾向やパターンを数値化して把握するなど、大規模な市場調査に適しています。
・定性リサーチ
定性リサーチは、“WHY(なぜ)”に答えることを得意とします。この手法は、対象者の感情、行動、価値観などを深く理解し、背後にある理由や動機を明らかにする目的で使用されます。具体的な事例、個々の経験などに焦点を当て、深いインサイトを得たり、仮説を検証したりするときに適した方法です。
例には、インタビューや観察、フィールドリサーチなどが含まれます。資金、時間、手間、などの観点から、インタビューは選びやすいものですが、インタビューでは得られない発見をもたらすフィールドリサーチの重要性についても知っておき、その上でリサーチの手段を選んでいくことが大切です。
フィールドリサーチは、現地に足を運び、対象者の生活環境に身を置いて観察・対話する調査手法です。別名「エスノグラフィー」とも呼ばれ、文化人類学や民俗学の分野で用いられる研究手法です。下記のような特徴があります。
問題の全体像とコンテキスト(文脈)を把握できる
ある出来事が発生する際の周囲の環境や背景、関連する要因など、サービスを設計する際には、それがどのような状況や環境で使用されるかという全体像とコンテキストを考慮することが重要です。
フィールドリサーチは、人々の生活を直接観察することで状況全体を理解しようと努めるため、オンラインやオフィスでのインタビューより深い探索が可能です。
例えば、Moonが開発を行っていた2型糖尿病患者向け治療アプリ「Raxi」のリサーチでは、まず患者の生活環境を理解しようと、彼らの自宅を訪問して実態を観察しました。
そこには、訪問していなければ見逃していた問題が存在しました。具体的には、多くの患者は一人暮らし、仕事も引退し、日常的にコミュニケーションを取る相手がいませんでした。自分を見てくれる人はいない、努力しても気づかれることはない、褒められる機会がない……。つまり、孤独でした。生活習慣を改善する意欲は患者の自意識の問題だと思っていましたが、リサーチを通して意欲は他者に支えられているものだと気づき、視点のずれを認識できました。
日常の生活環境は本人にとって当たり前のことも多く、「なぜ生活改善を続けられないのか?」と問われても盲目になりやすい対象です。しかし、こういったインサイトこそがサービスの機能を発想し、定義する際に重要になります。
「Raxi」ではこれを踏まえて、医療従事者と一緒にゴール設定を行うプロセスや、血糖値などの結果だけでなく、ウォーキングを10日間達成した患者の行動をトラッキングし、讃える機能をプロトタイプに組み込みました。
フィールドリサーチでは、こうしたインサイトを収集することによって、サービスの機能を発想することや、要件を定義するために必要な示唆を得ることができます。
・体験を通じて当事者の感情を理解できる
百聞は一見にしかずと言いますが、見るだけでなくさらに一歩踏み込み、経験することこそが理解への一番の近道です。リサーチの対象者が生活する環境に自らを置き、その人の視点に立って生活を追体験することで、知識だけでなく感情を共有し、深いインサイトを得ることが可能になります。
チームはこのプロセスを経ることによって、ユーザーに憑依するかのようにしてサービスを設計します。
2型糖尿病について調べると、デスクリサーチや栄養士へのヒアリングを通じて「血糖値」が主要な数値指標であると知りました。それから私たちチームは、腕に血糖値測定器を24時間装着したまま2週間生活し「血糖値を意識して生活する日々」を経験しました。
カレーを食べた後の「血糖値スパイク」や、食後の眠気と共に起こる血糖値の急降下などを目の当たりにするうちに、自然と食事の順番に気をつけるようになりました。この経験をもとにして、数値の変動を視覚的に把握しながら体の変化を実感することが、行動変容につながる有力な要素だと認識しました。
この結果を踏まえて、プロトタイプでは自分の血糖値や血圧の推移が見れるダッシュボードと共に、当日の食事や運動、気をつけたこと(間食をやめたなど)をメモし、その相関関係に自ら気づける機能を取り入れました。
・言葉と行動の矛盾に惑わされない
発言と行動が一致しないことは珍しいことではありません。特にインタビューでは、本人にとって当たり前すぎるがゆえに言及されないことや、本人が「こう思われたい」と考えた結果、実状とは異なる表現を口にする場合もあります。
また、リサーチを行う側も偏見を持っています。きちんとした格好の人を見ると、きちんとした住まいや環境を想像してしまいやすいものです。
フィールドリサーチは、できるだけ客観的に問題を理解しようと努めることによって、偏見を持ったまま結論を出すリスクを低減できる手法です。
ある2型糖尿病患者さんのご自宅を訪問した際に冷蔵庫を見せてもらったところ、大量のメロンソーダが入っていました。それは、事前に行ったオンラインインタビューで話題に上らなかった事実でした。
インタビュー以上に具体的なインサイトが得られる一方で、コストも高くなるのは事実です。では、どのようなプロジェクトに適した手法と言えるのでしょうか。
ここでは、フィールドリサーチの効果を発揮しやすい場面を紹介します。
・空間をリサーチするとき
サッカースタジアムのデザインを行う場合、もちろんヘビーユーザーに試合の雰囲気やスタジアムの導線についてインタビューすることも可能ですが、自ら足を運んで現地を見ることで、より解像度高く事実を理解できます。逆に、ユーザーがスタジアムについてどう思っているかという「解釈」を知りたい場合は、インタビューが適切です。
・空間で起こる行動について尋ねたいとき
スーパーでの購買行動について「どのように商品を選んでいるか」を知りたい場合に、実際にスーパーでの買い物に同行して観察と対話を繰り返すことで、より事実に近しい情報が得られるだけでなく、インタビューイーも容易に返答できるようになります。
・ユーザーに共感し難いとき
リサーチャー自身とユーザーの生活環境・行動パターン・価値観がかけ離れている場合、話を聞いたり、資料を見ただけでは、ユーザーが抱えている課題に対して共感できないことも十分にありえます。
そういった時こそが、フィールドリサーチが真価を発揮する瞬間。生活に直接触れることで、チームに共感が醸成された状態でサービス設計することが可能になります。
糖尿病患者のリサーチ事例で紹介したように、相手がどんな人で、どんな毎日を送っていて、どんなときにどんな気持ちになるのかを、行動を共にして知ることが、フィールドリサーチで可能になります。はじめは疑問だらけでも、徐々に共感が芽生えていったことを、私ははっきりと覚えています。
・異なる文化を持つユーザーを対象にするとき
自身とは異なる文化を持つ地域や人をターゲットにする場合、そこにある文化的なコンテキストを理解することが必要不可欠になります。
日本の開発チームがインド市場を対象にサービスを創るときなど、他国をマーケットにするときは、わかりやすい例の一つです。
地域に密着したフィールドリサーチを経た後に、生活環境や価値観などの文化的な側面を考慮しながら設計することで、より受け入れられやすいサービスを構築することができます。
・情報量が足りないとき
インタビューで得られた情報が限定的で、新しいインサイトが得られなかったのであれば、フィールドリサーチをする価値はあります。
インタビューは言葉によるコミュニケーションが主体ですが、フィールドリサーチでは視覚的な情報を含む、非言語コミュニケーションによって豊かな情報が得られるほか、言葉では表現しきれない生活様式や環境などを見ることもできるため、新しい発見を得るための手段として有効です。
・類似製品との差別化を図りたいときやインスピレーションが欲しいとき
経済成長を目標にした工業社会ではこれまで、「効率性」や「合理性」をもとにして人々のニーズを充足するモノが求められてきました。しかし、多くのニーズは既に満たされつつあります。
消費者から見れば、市場には同じような商品が数多く溢れており、事業者の視点から見ても、新たな価値を提供して差別化を図るポイントは、簡単には見つからなくなっています。
フィールドリサーチは、現場で商品が使用される瞬間だけでなく、前後の行動や取り巻く環境、使用者の感情の移ろいまで、様々なインサイトを得ることで視野を広げ、サービスの枠組みを捉え直すことが可能になります。
PhilipsのHueの例を見てみましょう。Hueは2012年に発売されヒットとなった、スマホから操作し、どんな色でも再現できるワイヤレスなスマート照明です。元気が欲しいとき、目覚めたいとき、リラックスしたいときなど、タイミングや気分に合わせて変えることができます。
Hueの企画段階ではおそらく、電球そのものだけでなく、使用されるシーンや環境をまでを捉え「どうすれば照明でライフスタイルを豊かにできるだろうか」といった問いを掲げていたのではないでしょうか。従来の電球に対するニーズであった「より明るい電球をつくろう」「長持ちして電気代が抑えられる電球を作ろう」という目線では決して生まれないプロダクトです。
このように、これまでの商品にはない期待を見つけ出し、価値として具現化することで、今までにないアイデアを生み出すことができるかもしれません。
次回は、フィールドリサーチ特集2本目のブログ「Marimariプロジェクト事例」を通じて、Moonでフィールドリサーチがどのように実践され、どのような成果を達成したかに焦点を当てます。お楽しみに!
文・相山由衣(あいやま・ゆい)
Moon Creative Labのシニアデザイナー。スタンフォード大学d.schoolでデザインリサーチ、慶應義塾大学でサービスデザインを学んだ。Moonでは、各プロジェクトのデザインリサーチだけでなく、デザインリサーチのラーニングプログラム作成なども担当。
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