2024/04/10
「Career Forth」は、転職ビッグデータを元に客観的で現実的なキャリア提案をマップ化して提供するキャリア探索ツールです。なぜ、キャリアパスの可視化に着目したのか。そのアイデアが生まれたきっかけは?
Career Forth 事業責任者 成原 大敬(なりはら・ひろゆき):京都大学大学院経済研究科修了。2005年に三井物産入社後、リテール、流通、食料を担当。2022年3月にMoon Creative Labへ出向。2022年12月に前身となるキャリア相談サービス「Pioneer Guild」をローンチ後、2023年に法人向けキャリア探索ツール「Career Forth」をローンチ。
目次
成原:挑戦をはじめたのは、三井物産へ入社して10年以上経ったころ、出張の際に入国カードへ「会社員」と書いたときに、自分はなんのプロなのか?と疑問が浮かんだことがきっかけでした。
人生100年時代、60歳で定年退職して終わりということはありません。それからお金とやりがいのことを考えながら、続けられるものはなんだろうかと考え始めましたが、答えはなかなか見つかりませんでした。
これまでに受けた教育がその後の仕事にどう繋がるのかは見えにくいものです。新たにプログラミングを学んだとしても、会社で学んだことが生かされる環境に配属されるかどうかわかりません。
今の日本社会に対して、頭が良い人は医学部に進学してエスカレーター式にキャリアの階段を登る——そんな印象がありました。受験にしてもキャリアにしても、多様性があるとは思えず、進路が単線になっているなあと感じていて、同じ悩みを抱えている方も多いのではないかと思ったんです。そこで、キャリアを幅広い視野で捉えるためのアプローチを様々な形で検討した結果が、キャリア提案をマップ化して提供する「Career Forth」のアイデアに繋がっています。
それに、個人的にはほかにも目的があって、大袈裟かもしれませんが社会を変えたいという思いもあります。
成原:技術で世界は進歩しましたが、結局お金持ちがさらに裕福になっただけかもしれません。アート作品もAIが食い潰し、結局すべて再生産しているうちにどれも一緒くたになってきていて、似ているものばかりになりつつあります。これでは、希望を持てる社会にならないと思うんです。
ピーター・ティールの「ぼくたちが欲しかったのは140文字じゃない。空飛ぶ車だ(We wanted flying cars, instead we got 140 characters.*1)」という言葉が過去に話題になりました。これは、未来への期待と失望を揶揄した発言で、私個人は物理的な意味での「空飛ぶ車」には関心がないのですが、もし私にとって「空飛ぶ車」的なものがあるとすれば、それは生まれた子供がちゃんと希望を持てて、どんな人がどんな場所にいても幸せになれる社会だと思うんですね。私にとっては「空飛ぶ車」よりよほど大事なことに思えます。
小さなきっかけでも、そのとき感じた好奇心を追求することで社会に価値を生み出し、その成長を育む仕組みがあって、結果キャリアが形成でき、柔軟にその方向性も変えられる、そうして多様な価値が社会の中で生まれていき、みんながそれで食べていける、そういう社会を創れないだろうか、そのためにデジタル社会をハックする方法はないか、と思っています。
宇宙飛行士になれずとも、航空管制官など地上で支援する人になれるかもしれません。そういう自分の情熱・モチベーションを追うことが、現状は簡単ではありません。身近に知り合いがいたり、身軽だったり、経済的に余裕がなければ、実際は起業家になることも難しいでしょう。
成原:私自身、社内起業できるMoonの制度を使うほかに大胆な挑戦をする選択肢はありませんでした。私は神戸で焼肉屋の息子として生まれ育ちました。両親は高卒で、祖父も父も自営業。まわりは現場で仕事をしている人が多い育ちでした。人情に厚いとは言えますが、文化的で多様な刺激に満ち溢れている環境、とは言えませんでした。
バブルがはじけて、祖父は巨額の負債を抱えていました。父は親族への支援を行ってきましたが、自分たちの借金を返せないままでした。結果として5年前に父は焼肉屋を閉店しました。私は大学の学費を奨学金で賄い、会社に入ってからも飲み会や遊びに使うよりも、仕送りを続けました。その後、母は脳溢血で倒れ施設に入りました。妻も母子家庭で経済的余裕はありません。私自身、三井物産に入社後エコノミー症候群で生死の境を彷徨ったこともあります。
いろんな人の生活を背負う責任がある中でキャッシュフローの安定を犠牲にすることはできませんでした。でも、自分も生きがいとか、やりたいことに、もっと打ち込みたいと思っていました。そんなときに出会ったのが、会社をやめずに起業ができるMoonの制度でした。私にはこれしかありませんでしたから、何度落ちても関係ありませんでした。何度も応募して、5度目の正直で採用されました。
私にとってはMoonという仕組みができたことが幸運で、感謝しているだけでなく、過去・現在の体験を通じて、関心さえあれば道が開ける社会にせねばならない、というライフミッションを理解し始めたきっかけにもなりました。
今後、人類にとって最大であり唯一の資産になるのは、頭の良さとか、アビリティとか、ケイパビリティではなく、内発的モチベーションになると思うんです。それを最大限に生かす社会でないと、いろんなものが学習され尽くし、多様性がなくなり、経路依存して、同じようなものに収束してしまうのではないでしょうか。
「再帰の呪い」という論文もあり、時間が経過するにつれて生成されたデータの誤りが積み重なり、最終的には生成されたデータから学習することでAIが現実をさらに誤って認識するようになると言われています。私は、人間が主導して多様性を押し広げることの役に立って人生を終えたいと思っています。子供を持ってからはなおさらにそう思います。
成原:私は小さい頃、小説家になりたいと思っていました。でも、どうやって食っていくねん、と言われていました。学校の先生にも才能がないと言われていました。今となっては、才能がなくとも、その道に関連した仕事を見つけて食べていく方法はあったと思います。
例えば小学生のとき、電車で隣の女性に突然「本を読んでいて偉いわね」と話しかけられて、「これ、おばちゃんが書いた本だから」と本を渡されました。その女性は外国人でしたが日本語がペラペラで、あとで大学の先生だと知りました。それが生まれて初めて大学で教えている人と出会った日です。そのとき私は「この人はものを書いて暮らしているんだ」と衝撃を受けたことを覚えています。
母親が教育に関心が高かったのでよく本を買ってくれたり、いとこが「勉強大事やで」とよく言ってくれたりしていた影響もあり、本はよく読んでいました。結果的には、私立の中学校への進学や、大学への進学を決めて今に至りますが、もし導いてくれる人がいたら文学の道を志していたかもしれません。だから、自分の知識の外に出る体験や、そのモチベーションを育める仕組みが必要だと思うんです。
「ヒルビリー・エレジー*2」という本をご存知でしょうか。「ヒルビリー(田舎者)」「レッドネック(首すじが赤く日焼けした白人労働者)」「ホワイト・トラッシュ(白いゴミ)」などと呼ばれるアメリカの貧困層出身の著者が、幸運に恵まれ、海兵隊に入り、大学進学を果たし、ロー・スクールで学び、弁護士になる話を書いたものです。
この著者は、エリートたちと並んだときに、自分がこれまで生きてきた世界観との違いを思い知ることになります。これを読んだ時に、まるで自分のことかのように思えました。私は今、世間的に知られた会社で働いていますが、父親やその周りにあった環境は、この本に登場する人物や環境によく似ていました。
成原:父の焼肉屋では、多くのことが物々交換のようなやりとりで成り立っていました。水道を直してもらったら、その人を店に呼んで焼肉を食べさせる、というようなことです。父は、すぐ人と仲良くなって関係を築いていく人でした。一般的には、営業力とか人間力と言われるような能力になると思いますが、父にそんな意図はなかったと思います。その時の出会いや偶然など、目の前で起きることを大切にして義理人情と度胸で生きているような人でした。
私が運転を誤って対向車に傷をつけてしまったときも、なぜか父はその対向車の持ち主と仲良くなり、いつのまにか店の常連になっていたほど良い関係性を築いていました。会社の役員を焼肉屋に招待したときも、「交渉ってなんやと思う?」なんて聞きながらいつのまにか私抜きで盛り上がっていました。
実際そういう世界観には良いところもあります。生きていく力、価値観を設定する力のようなもの。それが人間ならではの力なのではないかとさえ思います。計算して、受験して、スキルを身につけて、と組み立ていくやり方とは全然違う価値観です。
人間は価値観に応じて真善美の判断をして動くことができます。私が「仕事」と言うとき、隣のおばあちゃんをすぐに助けるといったことも、貨幣換算されないとはいえ社会に益する仕事だと思っています。つまり、金銭収入という意味だけでなく、社会へ積極的に関わっていくということだと定義しています。社会に興味を持ち、自分が良いと思ったことを形にして、価値を提供して、フィードバックをもらいチューンして、そして、それがそれぞれのやり方で成立している——これは良い社会だと思います。
これまでは、身近にいる人の価値観とその世界が、そこにいる子供の未来を形作ってしまうことが多かったのではないかと感じます。身近な同級生と将来の話をしたときに、自分の意見をもし否定されたら、同調圧力を感じてやる気をなくしてしまうかもしれません。それは、正しい情報が溢れているのになぜデマを信じてしまうのか、という話にもつながるかもしれません。つまり、フィルターバブルです。
私は、これまでに出会った人々からの学びを思い返しながら、どうしたら思い込みの外に出られるきっかけをシステマチックに発生させられるかと考えています。それは、ちょっと興味のあるところを広げてくれる師匠とか、メンターとの出会いなのではないかと思っています。
成原:最初は、職業教育のライザップのような事業企画を提案していました。日本のサラリーマンは、スキルがなくてもなんらかのポジションに置かれることがあります。解いたことがない問いを解けと言われるのですが、それが会社にとって新しい挑戦なら当然先輩に聞いても答えはわかりません。
そこで、社内外含めてプロからマンツーマンで聞ける何かが必要だと考えたんです。上司を監督と見立てて例えると、バッティングコーチやピッチングコーチをすぐに集められて、社員を支援できる、そんなアイデアでした。
リサーチを進める中では、転職に関連する議論もありました。「フリーランスに憧れます。自由に生きていきたい」というコメントや、「会社の中で登り続けるのが勝ち組で転職するのは負け組」というコメントもあったのですが、チームのメンバーはキャリアの戦略を自分で立ててきた外国人が多く、彼らの何気ないコメントにはハッとさせられたことを覚えています。
「どちらも極端な意見で幼稚さを感じる。どちらかが善・悪とかではなく、フラットな視点で戦略的に機会を分析してその時々で判断するものなのに」
この議論からは、“将来の見通しがつかないのは職業やキャリアを見通すために必要な分析のリテラシーが低いからだ” という仮説が生まれました。様々なキャリアパスがあるなかで、自分がどこに立っているのか、そこから自分の選択肢をどう変えていくのか、主体的に分析できることが重要だと。Moonには、キャリアを展開させる方法論を持っているメンバーもいました。
自分のいる業界、その中での立ち位置、その中でどう機能しているかなどを分析して、業界の成長性と自分の志向性・方向性を照らし合わせ、次にアプローチするべき人物を洗い出し、コーヒーチャットで出会った人との話をもとに次の道を絞っていく、そういうものです。それは、私が三井物産でM&Aをしていたときのプロセスと似ていました。ロングリストとショートリストの作成、買収先と自社戦略の照合、投資対象としての価値判断などです。
私は、日本の転職シーンにも、こうした客観的なデータを元にした判断プロセスを導入したいと考えました。しかし、それは慣れていない人にとっては難しいタスクです。そこで我々がその作業を一手にひきうけて、複雑なキャリアの情報を分かりやすく可視化し、誰でも使えるものにしようと思いました。誰でもスマホ一つでキャリアアップに必要なステップを簡単にインストールできる環境を提供しようと。その結果、キャリアの現在地や過去と未来の可能性をワンタッチで可視化できる、マッピングの構想を練り始めたわけです。
これまで私たちは、既存の枠組みへの適応を迫られてきました。今、社会は合理化・効率化から、多様化へと向かっています。技術的にもようやく個別対応ができるようになってきているわけです。
「Career Forth」のマッピングで自分のキャリアの現在地を明らかにし、その前後にどのような可能性があるのかを客観的なデータをもとにして可視化できれば、思い込みの外に出て自分の新しい未来を思い描けるようになるはずです。
自分に合った未来を選べて、自分の過去に誇りを持てる、そんな希望を持てる社会を、没頭できる職業人生を、いつでも、誰でも、どこからでも、いつまでも追求できる社会を私は実現したいと思っています。
「Career Forth」は、転職ビッグデータを元に、若手プロフェッショナルに向けたキャリア提案を可視化・マップ化して提供する機能を持つ法人向けのサービスです。
ローンチ後、東証上場企業を含む5社の人材紹介会社と提携しており、個人向けにカスタマイズされたキャリアパス提案や、求人の優先順位付けを可能にする機能も開発中です。
なお、現在は法人向けサービスのため、一般公開しておりません。質問は成原本人が直接受け付けています。体験してみたい方は下記の連絡先にお問い合わせください。
成原 大敬(なりはら・ひろゆき)
hiro@mooncreativelab.com
*1 THE NEW YORKER No Death, No Taxes
*2 ヒルビリー・エレジー : アメリカの繁栄から取り残された白人たち J.D.ヴァンス 著
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